研究科長挨拶

ごあいさつ
研究科長 中村佳正

社会の高度情報化の段階にとどまらず、個々の人々がいきいき活躍でき、安定した仕事、文化的で安心できる生活、信頼できる人間関係といった質の高い社会の実現に情報学が大きな役割を担う時代が到来しようとしています。

◆情報の学、「情報学」
  1998年4月、京都大学は、それまで5つの部局(工学、理学、農学、文学、総合人間)にあった情報に関する研究分野を改組・統合することで情報学研究科を創設しました。これには、『情報の生成、伝達、変換、受容、貯蔵等についての研究分野、そのためのコンピュータのハードウェア、ソフトウェア、通信技術の研究分野、さらにこれらを包摂する、情報に関する数理的、システム科学的、シミュレーション的、社会的研究分野が含まれる』とされました。
  学問領域の広さと多様性から、その当時、既にあった情報工学、情報科学、情報システムといった名称ではなく新たに情報の学、すなわち、「情報学」という名称を冠することになりました。ほぼ同じ頃に、北海道大学、東北大学、東京大学、東京工業大学、名古屋大学、大阪大学、九州大学等にも情報系研究科が設置されたが、個々の設置目的や分野構成は大学ごとにかなり異なっています。いつの時代にも色あせることのない情報学 “informatics”という大看板を掲げてくれた先輩達に感謝したいと思います。
  情報学研究科は、現在、修士課程189名、博士後期課程60名の学生定員をもち、京都大学の大学院研究科全体の中でも教職員数、修士・博士課程学生数ともに有数の規模を有します。同一名称のためか、情報学研究科は(工学部)情報学科の上にできた大学院であり、実質的に学部をもっていると言われることがあります。でも、これは正確ではありません。情報学科の学生定員は90名と小さく情報学研究科43研究室のうち情報学科を担当するものは半数強に過ぎません。学部情報学科は計算機科学コースと数理工学コースからなりますが、情報学研究科は、知能情報学、社会情報学、先端数理科学、数理工学、システム科学、通信情報システムの各専攻からなることからも、カバーする学問領域の広さと多様性がわかります。これらの専攻名を冠した大くくりのテーマで多様な研究分野を相互に結びつけるカリキュラムを走らせています。とりわけ力を入れているのが研究指導科目と呼ばれる修士課程・博士後期課程の学位論文の準備のための科目です。学生は自学自習を進め、自立した研究者や高度専門的技術者を目指しています。在学中に、国内外の学会発表、論文発表を経て学位論文の提出に至る学生が大半で、論文賞、奨励賞を獲得する学生諸君も多いです。
  重要なことは、情報に関連した研究分野の単なる集積ではなく、情報学についての「先駆的、独創的、学際的研究の推進、ひいては情報学の建設を通じて、視野の広い優れた人材を育成する」ことを創設の目的にしたことです。このため、創設時より学内研究所の協力講座や企業研究所との連携分野を設置することで、情報学研究科における教育の広がりを確保しました。
  その後、この目的の実現に向けて、企業や他の研究機関との連携ユニットや共同研究講座の設置、いくつかのCOEプログラム、教育の国際化プログラム、博士課程教育リーディングプログラム、文科省概算要求(特別教育研究経費)による教育改革プログラム、「アジア情報学セミナー」、博士課程留学生特別配置プログラム等を実施してきました。これら「情報学研究科の教育活動」について、大学改革支援・学位授与機構による第2期中期目標期間(2010~2015年度)における評価は「期待される水準を上回る」でした。
  別の評価項目としては、「研究科の目指す卓越した知の継承と広い意味での情報学に係る学識の涵養が随所に織り込まれている。授業科目・プログラムの履修に際しては丁寧な履修指導を原則とし、個々の学生の適正に配慮した学習指導を行っている。」などとして、「教育内容・方法」についての評価も「期待される水準を上回る」でした。また、研究科大学院生の研究成果に対する評価が高いことから、博士後期課程については、高い水準の人材輩出の点では関係者の期待水準を大きく上回るとされている。さらに、「本研究科の修了者が研究科の教育に満足してまたそれが就職後も変わらないこと」を根拠として「進路・就職の状況」についての評価も「期待される水準を上回る」でした。
  情報学研究科の教育についてのこれらの高い評価結果については、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構ホームページを参照していただきたいと思います。
  http://www.niad.ac.jp/sub_hyouka/kokudai2016/no6_3_55_kyoto_2016_2.pdf

◆現在の情報学、未来の情報学
  情報学研究科が創設された頃、「蒸気機関から始まる第一次産業革命、重化学工業の発展が牽引した第二次産業革命に続く第三次産業革命として高度情報化社会の到来」が叫ばれていました。それからわずか20年、早くも第四次産業革命という言葉を聞くようになりました。そこでは、情報通信技術(ICT)のいっそうの高度化、ネットワーク化によって、グローバルな環境において情報、人、組織、物流、金融など、あらゆる「モノ」が瞬時に結び付き、相互に影響を及ぼし合う新たな状況が生まれてきています。それにより、既存の産業構造や技術分野の枠にとらわれることなく、これまでにない付加価値が生み出されるようになってきており、新しいビジネスや市場が生まれ、人々の働き方やライフスタイルにも変化が起こり始めています。暗号技術への信頼性の貨幣価値とする仮想通貨の登場を想起願います。
  そこでは、従来のように技術革新の追求にとどまるのではなく、人々の多様な要望や共感に応える新しい価値を創出することが求められています。また、人工知能、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、ロボット、脳科学といった人間社会のみならず人間の在り方そのものにも大きな影響を与える新たな科学技術が進展期を迎えています。
  2018年、情報学研究科は創設20周年を迎えました。情報学の現在と未来はどのようなものになるでしょうか? 京都大学が『研究の多様な発展と統合をはかる』という基本理念のもとで、「世界トップ大学と伍して卓越した教育研究を推進」することを目指すとき、異分野間の対話・連携、場合によっては対立・衝突が極めて重要になるでしょう。歴史が教えるように、ある分野に異分野の成果や考え方を導入することで新しい知見に結びつくだけでなく、複数分野間の協働が学術のダイナミズムを活性化します。
  学問領域の広さと多様性を特徴とする情報学はこのような複数分野間の協働で生み出された融合分野のひとつです。ただ、個々の分野が別々に共存しているだけの多様性にはあまり意味はありません。「情報学の建設」というビジョンの実現には、「自学自習」の京都大学の強みを存分に活かし、教員達、学生達が互いを尊重しながら刺激を与え合うことで情報学の広さと多様性を活力に変えていくことが極めて重要です。
  今回の人工知能ブームにおいては機械学習・深層学習アルゴリズムやベイズ統計に基づくビッグデータの活用が注目されています。質の良いデータを大量に獲得する数理モデリング、そして、膨大なデータやロングテールに潜む意味のある情報を引き出す人工知能。これらの基礎となるのが数学アルゴリズムと統計学とプログラミングという異分野間の協働です。あるレベルの数学と統計学を知らないとコンピュータだけでは人工知能の技術は使いこなせません。もちろん開発もできません。人工知能を使って新しい製品を作り出し、新しいサービスを展開することで社会を大きく変えていくことができるのです。
  大学においては、本質的・根元的なことにチャレンジすることが大切です。京都大学の情報学研究科は、その基本設計の中に「情報に関する数理的、システム科学的、シミュレーション的、社会的研究分野」を含んでいることから、人工知能ブームの到来とともに時代の最前線に躍り出たといえます。情報学研究科としては情報学の基盤ともいうべき数学アルゴリズムと統計学とプログラミングを融合的に修めた人材を一定の規模で育てることが社会の期待に応えることです。とりわけ、人工知能技術の背後にある数学と統計学の基礎を深めることで、次世代の人工知能技術を開拓することが可能となるでしょう。
  最後に、第2期中期目標期間(2010~2015年度)における「研究」についての評価を引用することで、新しい時代の研究開発を牽引する力をもつことを述べたいと思います。まず、教員一人当たり、学術論文数、専門誌におけるレビュー・解説記事や学術集会における基調講演・招待講演、科学研究費をはじめとする競争的資金の獲得、外国人教員数、産学・国際・地域連携がいずれも高水準にあることを根拠として「研究活動の状況」についての評価は「期待される水準を上回る」とされています。さらに、「個別の専門領域で高い水準にあると認められた研究が極めて広い領域にわたることで、研究科内で異分野の研究を知る機会を与えるとともに互いに刺激しあい、研究科全体の研究レベルをさらに高めている状況は本研究科の理想とする状況である。」などとして、「研究成果の状況」も「期待される水準を上回る」でした。
  http://www.niad.ac.jp/sub_hyouka/kokudai2016/no6_3_55_kyoto_2016_3.pdf

◆まとめ ―社会を変革する情報学―
  京都大学の基本理念には『社会との連携を強め、自由と調和に基づく知を社会に伝える』ともあります。これは、我々にとっては、自由な発想に基づく「情報学の建設」を通じてより良い社会の実現を目指すと解することができます。人工知能に代表される新たな科学技術の先には、個々の人々がいきいき活躍できるような質の高い社会の実現に情報学が大きな役割を担う時代が到来しようとしています。情報学の大きな可能性を仲間とともに感じることができる意欲ある若い才能に期待したいと思います。