研究科長挨拶

*情報学研究科パンフレット2022

*情報学研究科の改組について(情報学広報No.24巻頭言)
*オンライン○○再考(情報学広報No.23巻頭言)
*COVID-19パンデミック下における情報学の展開(情報学広報No.22巻頭言)


ごあいさつ
研究科長 河原達也

◆社会・産業・科学の基盤としての情報
  皆さんが子供の頃と現在を比較して、社会や生活における最も大きな違いは何でしょうか。おそらく、ほとんどの人がスマホとSNSを使用していることではないでしょうか。まさに、(起きてから寝るまで)いつでもどこでも誰とでもやりとりができるようになったのは画期的な変化ですが、これもこの十年余のことです。皆さんが日常的に使っているGoogleやLINEなどのIT企業が設立されたのもここ20年のことです。10年前、20年前に現在のこの姿を予想できた人はどの程度いたのでしょうか(できた人は大成功していると思います)。私自身、約30年にわたり音声認識・対話の研究を行っていますが、これらの技術も広く社会に浸透したのは大きな感慨があります。このように高度情報社会が予想を上回るペースで実現されました。
  情報は、産業や科学においても大きな変化を引き起こしています。現在、第4次産業革命が進行しているといわれています。様々な自然・社会現象やモノの生産・流通過程がデータ化され(IoT)、人々の検索・購買・移動などの行動データとともに大規模に蓄積され(ビッグデータ)、AIによる最適化が行われています。また、科学における第4のパラダイムとして、データを集積してモデルを構築する方法論が、医学・薬学・工学・農学などの自然科学だけでなく、経済学や言語学などの人文・社会科学を含む様々な分野に適用されています。このように、情報は今や産業や科学の基盤となりつつあります。

 

◆京都大学の情報学研究科
  このような情報の学際的な広がりを視野に入れて、京都大学情報学研究科は1998年に設置されました。それまで、「情報工学」「情報科学」という名の学科や研究科はありましたが、「情報学」という研究科は我が国で初めてのものです。ほぼ同じ時期に、各大学で情報系の研究科が設立されましたが、京都大学情報学研究科は、そのカバーしている領域の広さ(「広い意味での情報学」)に特徴があります。ICTに関しては、コンピュータ関連だけでなく通信関係の講座も揃っています。数理・データ科学に関しては、数学から統計・機械学習まで、そして物理や制御などの分野にわたっています。また、人工知能(AI)だけでなく、人間の知能を対象とした講座もあります。さらに協力講座を含めて、生態・環境から医療・防災など幅広い領域にわたります。
  しかもどの分野もその第一人者が講座を担当しています。新しい教授を採用する際には、教授会でその方の業績が読み上げられるのですが、いつもすごい人が来られるのだなと感じます。学生も様々なバックグラウンド(出身学部・大学・国)の方が集まっており、熱心に学業や研究に取り組んでいます。
  教員数は100名以上で、京都大学の15の研究科の中で6番目になります。我が国における情報系の研究科の中でも最大規模になります。学生数は、修士課程は一学年あたり約200名、博士後期課程は一学年あたり約60名の規模で、工学部情報学科の2倍以上の規模です。留学生も多数受け入れています。

 

◆本研究科を志願する学生さんへ:AIにできないこと
  本研究科は、「広い意味での情報学」を志す学生を広く受け入れます。実際に、理系・文系の枠組みにとらわれず、国内外から多様なバックグラウンドの学生が入学しています。
  皆さんには、AIにできないことを身に着けて頂きたいと思います。知識の量や大規模データから推論する能力は、AIが上回るようになり、従来知的な職業とされたものもAIに代替されようとしています。では、AIにできないことは何でしょうか。
  第一に、問題を見つけて定式化する能力が挙げられます。現在のAIは、入力と出力が明確に規定されてはじめて動作します。しかし、自然界や人間・社会における多くの問題は複雑で、明確に定式化するまでが大変です。例えば、「ロボットで人間のように自然な会話能力を実現したい」という課題は、自然に相槌をうてばよいのか、感情を理解・表出すればよいのか、などの問題に帰着できる可能性があります。逆に定式化できれば、データを集めてAIに委ねればよいのです。
  第二に、コミュニケーション能力です。対話による問題解決能力は現在のAIに欠けているものです。科学技術が大きく進展し、残された課題は一人で解くのが困難なものばかりです。ブラックホールの可視化に成功した例は、まさに世界中の様々な分野の研究者の協力によるものでした。情報学の多くの研究分野では、コードやデータが世界中で共有され、コミュニティを挙げて秒進分歩で進歩しています。まさに「巨人の肩の上に立つ」という言葉通りですが、そのためには研究室内外でのコミュニケーションが不可欠です。
  第三に、視野の広さです。前述の通り、多様性(ダイバーシティ)の尊重も重要です。AIはデータに盲目です。例えば、男性優位な社会におけるデータで学習されたAIは、採用や昇進において男性に有利な判断をするでしょう。自らが置かれている状況や自分がしていることだけでなく、世の中、あるいは近くの人がしていることにも興味を持って頂きたいです。特に、京都大学そして情報学研究科における教員・研究者は多様で、面白い研究をしています。

◆本研究科と連携を希望される方へ:企業にできないこと
  本研究科は、他機関との共同研究や産官学連携にも積極的に取り組んでいます。最初に述べたように、情報が社会や産業の基盤であるとともに、「広い意味での情報学」が学際的であるからです。実際に、数多くの共同研究・受託研究を実施し、海外の大学と学術交流協定を締結しています。
  当然のことですが、本研究科では企業でできないような研究テーマに取り組んでいます。毎年、海外の大学と共同でセミナーを開催していますが、本研究科の教員の研究は「基礎的(basic)で長期的(long-term)」であると言われます。したがいまして、連携の際もできるだけ長期的な視点でお願いします。また本学では、できるだけオープンなイノベーションを推進していますので、ご理解をお願いします。

◆未来に向けて
  最初に述べたように、情報の技術革新は非常に速く(秒進分歩)、10年前、20年前に現在を予測するのが困難であったように、今から10年後、20年後を予測するのは非常に困難です。第4次産業革命や科学の第4のパラダイムの次に何が来るのか、予測するのはもっと困難です。
  その反面、20年前と比べて現在の世の中はよくなったのでしょうか。我々の生活は本当に豊かになったのでしょうか。政治的な分断・経済的な格差・地球温暖化のような大きな社会的問題についても、高度情報社会の副作用といえる側面があります。また、社会全体が慌ただしくなり、余裕や寛容がなくなったために、ストレスやうつ・依存症などの増加をもたらしているとも考えられます。このような側面も考慮に入れた上で、様々な問題を解決する手がかりを見つけ、よりよい社会を描いていくのも情報学に携わる者の責務と考えます。これは、我が国で推進されているSociety 5.0や国連が提唱しているSDGにも通じるものです。