研究科長挨拶

情報学へのいざない

京都大学の大学院情報学研究科は、日本で初めて「情報学」を標榜した研究科として1998年4月に設立され、この度設立25周年を迎えました。ここでは、本研究科の研究分野や教育プログラムを概観しながら、その特色を紹介していきたいと思います。

大学院情報学研究科長
五十嵐 淳

「情報学」とは?

研究科紹介冊子末尾には、本研究科による「情報学の定義」が掲載されています。そこには、「京都大学の情報学は、自然および人工システムにおける情報に関する学問領域」であること、そして「人文学、社会学、認知科学、生物学、言語学、計算機科学、数理科学、システム科学、および通信工学的な側面」を持つこと、「人文社会学や自然科学の領域と相互に密接な関係」を持つことなどが述べられています。「情報」というと情報通信技術(ICT)や人工知能といった「コンピュータを利用した技術」の側面にスポットライトが当てられがちですが、この定義からは情報学がそういったコンピュータ技術よりはるかに広く学際性を持った学問分野であることが伺えます。

冒頭にもあるように、本研究科は日本で初めて「情報学」を標榜した研究科です。設立当時、「情報工学科」「情報科学科」といった「情報」が名前の一部に入っている学科は多数あり、また、1990年代後半から2000年代前半にかけて、京都大学だけではなく、北海道大学、東北大学、東京大学、東京工業大学、名古屋大学、大阪大学、九州大学などで「情報理工学研究科」や「情報科学研究科」といった名前を冠した研究科が設置されましたが、シンプルな3文字である「情報学」を採用したのは京都大学だけでした。実は、情報学研究科に先立つこと2年、京都大学工学部に「情報工学科」と「数理工学科」を統合した「情報学科」が誕生したのですが、この名前も当時は珍しいものでした。これらの命名の背景には、本研究科の設立に携わった方々が「情報理工学」「情報科学」に留まらない、より広い「情報学」という学問の確立を目指していたことがあったわけです。

本研究科を志願される学生のみなさんは、おそらく、ご自分の志望する専攻学術を極めたい、という熱い思いを持っているものと想像していますが、是非、その思いを大事にしつつも、一歩ひいたところから研究科全体を眺めて、この情報学の広がりを感じとっていただければと思います。後で述べるように、教育プログラムもそのような広がりを経験できるように工夫されています。

情報学研究科の教育研究

情報学研究科は、現在、修士課程240名、博士後期課程60名の学生定員(一学年あたり)を持ち、京都大学の中でも有数の規模を持つ研究科となっています。専攻は「情報学専攻」のひとつですが、その中に以下の7つの「コース」と呼ばれる教育プログラムが設けられています。

各コースは、情報学研究科に所属する教員の他に、学術情報メディアセンター、防災研究所、医学部附属病院、化学研究所、生存圏研究所、国際高等教育院といった学内の他部局に所属する教員が協力講座教員として、さらには、理化学研究所、NTT、日立製作所、国際電気通信基礎技術研究所、沖縄科学技術大学院大学といった学外機関の研究者が連携ユニット教員として担当しています。各コースの研究分野(研究室)については後のコース毎の紹介に譲りますが、これらのコース名称からだけでも本研究科が情報学に関わる幅広い分野をカバーしていることが伺えるかと思います。そして、いずれの分野でも最先端の情報学研究が行われています。

本研究科のカリキュラムには、各自の希望する専攻学術の学修だけではなく、分野を越えた幅広い学識を身につけさせるための特徴があります。例えば、研究科を横断する「展望科目」が修士課程の選択必修科目となっているのはその一例です。博士後期課程では、指導教員による研究指導を通じて専攻学術を深めるだけでなく、コース毎にセミナー科目で学術的俯瞰力が身につくように科目設計がされています。

教育の国際化の取組みとして、日本人教員、外国人教員による英語科目を多数提供しています。特にいくつかのコースでは、英語による授業と研究指導により、日本語を習得していなくても修士の学位を取得可能な教育(「国際プログラム」)を実施しています。博士後期課程については全てのコースで日本語を習得していなくても問題なく研究を進め、学位を取得することができます。国際プログラムは、設置されているコースであれば留学生ではない日本人学生でも選択することができ、修了時に学位に加えて国際プログラム修了証が授与されます。

また、本研究科は京都大学大学院横断教育プログラム推進センターが実施する「京都大学プラットフォーム学卓越大学院」「京都大学デザイン学大学院連携プログラム」といった、複数の研究科等が企業や海外の大学・研究所といった外部組織と連携して提供する5年一貫の博士課程教育プログラムに参加しています。研究科の学生は、これらのプログラムが提供する新しい教育を受け学位を取得することも可能です。本パンフレットにも、もう少し詳しい概要やwebサイトのURLがありますので、是非ご覧になってみてください。

このような高度な教育を受けた情報学研究科の修了生は、情報学の広がりに応じて様々な分野で引く手あまた、といっても過言ではありません。大学や企業の研究所の研究職に就く方はもちろんのこと、ICT、製造、金融、放送、サービスなど様々な幅広い分野で高度技術者として活躍しています。

研究科の改組について

京都大学大学院情報学研究科は設立25周年を迎える令和5年4月に改組を行いました。その内容は、これまでの6専攻(知能情報学専攻、社会情報学専攻、先端数理科学専攻、数理工学専攻、システム科学専攻、通信情報システム専攻)の情報学専攻への統合、これまでの専攻の教育プログラムとしての「コース」化、「データ科学コース」の新設、そして、修士課程学生定員の増員(1学年189→240名)することです。

この改組は、近年とみに増えている情報系志望の学生の受け皿を大きくすることと、情報学とも深い関わりがあり重要性が高まっているデータ科学のエキスパート人材を育成することを主な狙いとしています。また、1専攻化と教育のコース化により、より柔軟な教育プログラムの構築・提供が可能になります。実際、今回新設されるデータ科学コースの教育は、情報学研究科を本務とする教員と、本学国際高等教育院データ科学イノベーション教育研究センターの教員が情報学研究科を兼務することで担当します。このような形で教育プログラムを構成することは従来の専攻の枠組では難しかったものです。今回の1専攻化は、今後予想される情報学分野の変化・発展に対応した教育を行うためにも重要な取り組みであると考えています。

おわりに

以上、大変駆け足ですが、情報学研究科の概要を、教育プログラムを中心にご紹介いたしました。情報学の研究は様々な分野で応用されており、各コースの研究室紹介ではその一端を垣間見ることができます。一方で、京都大学情報学研究科は基礎研究を大変重要視しています。基礎がなければ、その場しのぎではない、長い間使われるような技術は生まれません。 情報学の学問としての歴史はまだまだ浅いです。そのような青年期にある情報学を、長い歴史を持ち伝統と革新が共存する街である京都、そして京都大学で研究することは、大変意義のあることと考えています。みなさんの挑戦を心からお待ちしています。