講演要旨

地震・津波・災害の大規模シミュレーションを使う防災・減災の情報生成

堀 宗朗(東京大学 地震研究所)

今後発生が予想される巨大地震・津波が引き起こす災害に対し,効果的な防災・減災を進めるために,より信頼度の高い情報が必要とされている.地震・津波と構造物の損傷・被害は物理過程であり,この物理過程を数値計算する大規模シミュレーションは,防災・減災に資する情報生成の一つの方法である.本発表は,重要構造物の詳細な被害予測や都市全体の高度な被害予測の具体的な例を紹介する.重要構造物では,10億自由度の精緻な解析モデルを使い,亀裂の発生・進展が引き起こす破壊解析を説明する.都市全体の解析では,地理情報システムを利用した都市モデルの自動構築と,各種解析手法をシームレスに組み合わせて被害を予測する方法を説明する.数値解析法の高度化・高速化の他,信頼度の高い解析モデルの構築やシミュレーション結果の可視化などの課題も紹介する.

周期構造における高速多重極法 -高速化の技術と種々の応用-

西村 直志(京都大学大学院情報学研究科 複雑系科学専攻)

波動散乱問題の数値計算法として,無限領域の取扱いに優れた積分方程式に基づく方法が古くから研究されてきた.しかし,この方法は密行列を有する線形方程式に帰着されるため,大規模問題への適用が難しいと考えられてきた.この問題を一挙に解決したのは20世紀末にRokhlinとGreengardによって考案,開発された高速多重極法である.さらにH matrix法などの高速解法も開発され,積分方程式に基づいた数値計算法は著しく進歩した.一方,近年光学においてフォトニック結晶やメタマテリアルといった周期構造を用いた技術が注目されており,周期構造による波動散乱問題を解くことの重要性が増してきている.我々は周期構造に関わる大規模波動散乱問題の解法として,周期高速多重極法を開発した.本講演では多重極法を中心とした積分方程式の高速数値計算法の考え方と周期多重極法のアイデアについて概説し,フォトニック結晶やフォノニック結晶,メタマテリアル等への応用例を示す.更に,より高速な数値計算を実現する最近の技術についても簡単に述べる.

ソフトマターの計算科学

山本 量一(京都大学大学院工学研究科 化学工学専攻)

時間・空間スケールが異なる複数のシミュレーション法を連結し,大規模で複雑な問題の解決を目指すマルチスケールシミュレーションが注目されている.この手法は様々な研究領域で広く最先端の手法として認識されており,ソフトマターに対しても極めて有効である.ソフトマターは,ミクロ~メソスケールの内部構造を反映した複雑な巨視的性質(相挙動や流動挙動)を示す物質であるので,微視的な計算機シミュレーションでは計算量が膨大になり最先端のスパコンでも計算ができない.我々はメソスケールの高分子鎖の構造・運動と巨視的な流動現象を連結するマルチスケールシミュレーションでこの問題の解決に取り組み,分子描像に直結した高分子流体の流動挙動の解析を実現した.

可積分アルゴリズムはなぜ高精度か?

中村 佳正(京都大学大学院情報学研究科 数理工学専攻)

可積分系とはもともと古典力学に現れる概念ですが豊富な代数的、幾何学的構造を持っています。私の研究テーマは数値解析など様々な分野への可積分系の新しい応用を見つけることです。個々の可積分系は「可積分差分」と呼ばれる離散時間版を持っていますが、ある場合には、このようにして得られた漸化式は与えられた帯行列の固有値や特異値を計算するのに利用できます。そこで、このような数値計算法を「可積分アルゴリズム」と名付けることにしました。可積分アルゴリズムによって固有値や特異値は高い相対精度で計算されます。この講演では、1)可積分アルゴリズムとは何か、2)なぜ可積分アルゴリズムは高精度か、3)可積分アルゴリズムは既存のアルゴリズムと比べていかに優れているかについて説明いたします。

数値計算の信頼性 -数値解析学と多倍長計算の視点から-

藤原 宏志(京都大学大学院情報学研究科 複雑系科学専攻)

本発表では,科学・技術数値計算のための多倍長計算と,それをもちいた数値計算の信頼性の確立に向けた最近の取り組みについて紹介する.数値計算においては種々の近似がもちいられるが,そこで混入する計算誤差が数値計算を破綻させる場合がある.特に数値的不安定性を有する問題においてその影響は深刻であるが,講演者を含むグループは,多倍長計算と高精度離散化が有効な解決法となり得ることを示した.発表は丸め誤差についての基本事項から始め,T2Kスーパーコンピュータ上での多倍長計算によって実現された一重ループ積分の高精度数値計算の実現とその定量評価についても紹介する.

乱流の数値シミュレーション

金田 行雄(愛知工業大学 基礎教育センター)

乱流は自然や科学技術のさまざまな問題だけでなく、日常生活でも随所に現れる現象である。乱流の姿は置かれた条件によって千差万別である。しかし、一方でその背後には共通の普遍的統計法則があると考えられる。本講演ではその法則の解明のための視点から行った乱流の世界最大規模直接数値シミュレーション(DNS)の背景にある考え方といくつかの結果について紹介する。まず(1)乱流とは何か、あるいはその特徴について、そして(2)計算科学あるいは数値シミュレーションの役割と問題点について述べた後、(3)乱流DNSの結果のいくつかを紹介する。最後に(4)情報学への期待について述べる。