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情報学研究科への誘い

情報学研究科長 池田克夫

Prof. Ikeda

21世紀:情報文明の世紀

人類社会はこれまでに2度の大きな変化を経験してきました。1万年前の 農業革命がその最初です。野山を放浪する狩猟生活から一定の場所で農耕し て定住するようになり,鉄器に代表される新しい文明が出現しました。 次が18世紀後半から始まり20世紀の前半までかかった産業革命です。蒸気 機関の発明を契機として,人間はエネルギーを利用して自らの筋力だけでは 不可能だった夢を実現させ,20世紀の物質文明を築き上げました。 そして,1950年代に出現したコンピュータに代表される社会的技術的な大 きな変化が,今,地球上で起こっています。歴史学者のアルビン トフラーはこの変化を「第3の波」と呼んでいます。今日,従来の権力(パ ワー)が音を立てて崩れており,ビジネス,経済,政治,世界問題において 「パワーシフト」が進行している,と述べています。

今日,世界規模の情報ネットワークが急速に発展しています。そして,情 報は瞬時にしかも同時に世界中に伝わるようになりました。このために,社 会の制度や経済の仕組みが大きく変わろうとしています。 21世紀は情報文明の世紀となるであろうことは明らかです。

高度情報化社会への課題

コンピュータは,これまでに人類が発明したもののなかで最も応用範囲が 広く,また高度なものです。そしてその有用性の故に情報システムはますま す複雑化・大規模化しています。その結果,コンピュータのちょっとした故 障でもその影響は深刻でその及ぶ範囲も極めて大きなものとなります。新し い技術には表の面だけではなく裏の面もありますが,それでは使うのをやめ ようということにはなりません。もしコンピュータをこの世から抹消したら, 現代の文明世界は成り立たないでしょう。

大規模化する様々なシステムや高速・大域化する情報流通など,新しい情 報に関する科学技術を,相互に矛盾する様々な要件を調和させ人類社会に本 当に適合するものとして,人々の幸福のためになるように発展させて行くこ とは,21世紀が創造の世紀として人類が持続的に繁栄するための緊急課題で あります。

20世紀の科学技術の著しい進歩によって私たちの生活は大変豊かになりま した。その反面,経済性,効率化を追求した工業化社会では,人間を持久力 が乏しく信頼性の低いものとして邪魔者扱いし,人を機械に置き換えること を当然のこととして行ってきました。それで,確かに悪環境での労働や単純 な反復労働からは解放されましたが,存在を無視されて疎外感を抱いた人も 多く現れました。また,技術の押しつけもありました。そこから人間中心に 考え,人間と社会に対するインタフェースを重視すべきであるという反省が 生まれてきています。

今日,地球規模での自然環境の破壊,人口増加,資源枯渇,広域の伝染病, などの問題が深刻となってきています。これらは避けて通ることができない 問題です。かけがえのない地球を守りながら,これらの困難な問題を解決す るには,時々刻々変化する,地球規模の大量情報に基づき智恵を絞って行く ことが必要です。

情報学研究科の設置

京都大学においては,これまで述べてきたような背景から,従来の学問体 系の高度化としてではなく,新しい学際的な領域を創成して21世紀の情報文 明の発展に貢献するために,大学院独立研究科として情報学研究科を設置しま した。

新しく設置された大学院情報学研究科は,高度情報化社会の健全な発展に 資する学問的基礎を確立し,情報およびその基盤システムを創発する基礎科 学としての「情報の学」を形成・発展させ,総合的な視点から先駆的・独創 的な学術研究を推進すること,ならびに,高度情報化社会を支える優れた視 野の広い人材を多数育成すること,を目的としています。

コンピュータを基盤とする技術の発展によって,社会・経済の面から従来 の制度や方法論の根本的な変革が起こっていますが,人間とその社会に好ま しくない影響を及ぼさないよう,人間中心の立場を尊重する情報のあり方や 利用法を解明することが求められています。また,文化的知的活動を促進す る情報支援環境の構築も必要です。

情報化社会が直面するであろう諸問題の解決のためには,情報,通信,数 理,システム,脳・神経生理,さらには人文社会からの寄与を総合した学問 的基盤を確立して教育研究を推進しなければなりません。

21世紀情報化社会のために,人間と社会における情報のあり方を明らかに し,その成果を未来に役立てることのできる人材,情報を活用し適切な判断 をして行動できる人材,情報問題を幅広い視点から総合的に追求し解決して ゆける人材,この分野で真に世界をリードする独創的で優れた研究者が要請 されています。また,社会人や外国人留学生の受け入れを含め,研究者の相 互交換や国際交流の進展を図ることも重要です。

情報学研究科においては,多様な経歴の学生をあらゆる学部から受け入れ ることにより,多様なものの考え方と価値観の多様化を受け入れる素地とし ます。その上で,六つの専攻において専門的能力の涵養を計ると共に,専攻 を越えての履修に適するような共通科目を用意して,それぞれの専門分野に とらわれない幅広い素養を身につけられるようにカリキュラムを構成してい ます。

未知の難問に果敢に挑戦する若い有為な学徒へ

情報に関する科学技術は,世界の社会・経済の制度から地球の自然環境と地球 上のすべての生物の存在にまで大きく関わることになります。この時代に情報 学研究科が発足することは誠に時宜を得たものといえるでしょう。21世紀を希 望にあふれる創造の世紀とするために,私たちは英知を集めなければなりませ ん。未知の難問に果敢に挑戦する若い有為な人材が新研究科に多数集まること を強く希望してやみません。


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