富田眞治研究科長 式辞
本日はご多用中また連休中にも関わりませず、京都大学総長松本紘先生、元総長長尾真先生、文部科学省高等教育局専門教育課課長補佐徳岡公人様、NTT西日本株式会社社長大竹伸一様はじめ多数の方々に情報学研究科創立10周年記念式典にご臨席いただき、誠にありがとうございます。
ご承知のように私たちは現在、情報社会のまっただ中で生きております。この最初の牽引役となったのは、1970年前後のイノベーションの大爆発でした。コンピュータとネットワークの歴史を私の研究分野でたどってみますと、まず、1968年のUNIXと構造化プログラミング、1969年のARPANET、1970年のインテルの1kビットDRAM、1971年の同じくインテルの4ビットマイクロプロセッサ、1973年のインターネットとプログラミング言語C、さらには同じく1973年のワークステーションAltoとイーサネットが挙げられます。プロセッサ、プログラミング言語、オペレーティングシステム、ネットワークすべてが一気に出そろいました。その後、1970年代後半には、CRAY-1のスーパコンピュータ、インテルのマイクロプロセッサ8086、携帯電話、1980年代に入って、80年代初頭のRISCプロセッサ、日本ではNECPC9801とジャストシステムの一太郎、80年代半ばのインターネットJunet(1984年)、マイクロソフトWindows1.0(1985年)と続きます。1980年代までは、いわゆる要素技術の研究開発や小規模な段階に留まっておりましたが、1991年のWorld wide WEBの実用化で全世界の情報が共有される時代となり、1997年の携帯電話とインターネットとの統合システムであるi-mode、1998年のGoogleの設立などを通して、2000年代には社会が情報社会へと一気に変貌するに至りました。
その結果、グローバル化が進み、 社会の制度や経済の仕組みのみならず人間の生き方、ものの考え方、人間同士の触れ合い方すらも大きく変化していますし、利便性が格段に進歩した一方で、情報化の影の部分も顕在化してきています。
1998年(平成10年)4月、このような情報社会への転換期に、Googleの設立と期を一にして、情報学研究科が設置されました。実はこれを遡ること10年前、1988年にすでに京都大学には情報学部構想がありましたが、もう少しのところでこれは諸般の事情で実現されませんでした。
1998年の研究科設置に際して、情報科学あるいは情報工学ではなく「情報学」と称しましたのは、情報技術が社会に与える計り知れない影響を考慮し、人文社会科学など社会や人間のさまざまな問題を扱う多様な領域を取り込み、裾野の広い学際領域の教育研究を目指したからであります。国立大学法人の中で「情報学」と称していますのは本研究科のみでございます。
本研究科では知能情報学専攻、社会情報学専攻、複雑系科学専攻、数理工学専攻、システム科学専攻、通信情報システム専攻の6専攻を設置して、人間と社会とのインターフェイス、数理的モデリング、および情報システムを3本柱として、教育研究を推進して参りました。また、専攻間の連携を進め、より広い領域の研究教育を進めるため、お手元の10周年記念誌の2ページ目にございますように、グローバルCOEプログラムをはじめ、多数の研究教育プログラムを遂行し、また「けいはんな連携大学院」をはじめ他機関との連携推進を進めています。
しかし、本研究科の基本組織は1998年に定められたものであり、急速な情報社会の展開の中で、時代のニーズに一層応えるべく、再検討あるいは解決すべき課題も多々存在します。現在もっとも研究科にとって悩ましい問題の一つは、情報機器が若者の身の周りにあふれ、魅力がなくなっているのでしょうか、あるいは情報関連の職場が給料の低い7K職場といわれているからでしょうか、若者にとって情報学の魅力が十分に理解されていないことであります。これが博士充足率が80%であるという低迷につながり、さらには4年前に修士課程志願者数が350名程度あったものが、本年夏の入試では250名を切る事態になっており、6専攻のうち3専攻で来年2月に2次募集を行わなくてはならない事態となっています。また、今日、○○情報学、XX情報学などさまざまな情報学が溢れておりますが、京大情報学のアイデンティティを明確にし、大きな研究教育の柱を立て、世界から見える、多数の研究者や学生が集まる情報学研究科にしていく必要があります。このためには、1970年前後のイノベーションの大爆発の再来を目指し、何よりも教員各自の独創的な研究の遂行とそれを支援する研究科の体制が大切であると思います。今後の10年、20年を展望した、情報学研究科の抜本的な改組、大学院教育の充実化、などに向けて、現在、情報学研究科将来構想検討委員会やアドバイザリーボードを設置して鋭意検討を進めています。さらに一層、学内外からの忌憚の無いご意見をお願いする次第であります。
最後になりましたが、情報学研究科の創設期に多大なご尽力を頂いた、文部科学省各位、長尾真元総長、池田克夫初代研究科長はじめ関係者各位、教授現職中に志半ばでお亡くなりになった上林弥彦教授、森広芳照教授、藤坂博一教授、中村順一教授、またこれまで情報学研究科を支えて頂いた名誉教授をはじめ多数の方々に深甚の感謝の意を表し、私の式辞とさせていただきます。